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ネタの現場や出入り禁止騒動、プログループと・・・などなど、決して平穏にはパチンコを打っていません。ただ皆さんに勝ち組になって欲しい、かつて負け組みだった私だから言える本音なのでどうぞよろしくお願いします。

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パチプロへの王道

2009年09月11日

ラスト

このブログを始めて昔話もつい最近まで遡ったので、

ここで最後のお話をしようと思う。

「心の余裕」

これが本当に大事だったんだなって思う。

例えばお金がなくっちゃ、パチンコって出来ないし、

悩み事を抱えていてもパチンコに集中できない。

私も昔話にあったように、この生活を始めて勝てない時期は、

本当に心の余裕がなくて、焦って毎日稼動していらぬ方向に走ったり、

種銭の危機の時は、打てる機種が羽根物しかなくなり、

選択肢がないという愚も犯している。

今はGAROで負けが込んでも平気な顔をしていられるし、

逆にそんなリラックスが、好循環を生んで、

毎日心豊かに暮らせていると思う。

だからまだ心に余裕が出来ていない人は、

きっちり全ての準備をして、心の余裕があるパチンコライフを送って欲しいと思ってる。

最後に書くのはたったそれだけのことなんだけどね^^;

それでは皆さん今後も楽しいパチンコライフを!


ということでお知らせです

今日知り合いの同業さんにね。

「昔営業マンだったんだって?」

と聞かれて唖然とした。

この人には全く非がないのだけれども、

とある場所で偶然会わざるを得なかった人が、ぺらぺら喋っているのだと思う。

さすがにもうここで書くのには限界が来た。

プライベートも覗かれているような日々にはしたくない。

ブログランキングに登録してそれをモチベーションにして、

疲れた体にムチを打って更新するのにも体力もなくなってきた。

潔くここに「パチプロへの王道ブログ」は終止符を打つ。

ものを書くのは好きなので、今後は細々と更新するような日記を、

どこかで静かに書いていきたい気持ち。

みんなのお陰でブログランキング1位にもしてもらって、

感謝しているし、日記を書き始めて4年本当にお世話になりました!


ヒカル

2009年09月09日

ダイナマイトマンデー

題名は北海道出身^^

でもこのイベントは一時期凄く流行った。

当時あちこちのホールで見たと思う。

今はどこのホールも毎日がダイナマイトマンデーのようなイベントだけれども^^;

ちょっとしたきっかけだったので書いてみよう。


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東京での暮らしから実家の都合で田舎に引っ越すことになった。

ここでギャップが生じる。

引っ越した先があまりにも田舎過ぎて、車で移動する必要があった。

東京はJRと地下鉄を利用すればある程度どこにでも行けた。

しかしこちらはホールとの間隔があまりにも離れすぎている。

親が車を使う必要がある日は自転車をこいで店を回ったが、

とてもじゃないけれども、体力が持たなかった。

なので行動範囲は半径10kmに絞られ、思うように勝てない日々が続く。

ある日親の車が利用できる日に行ったことの無いホールにポンっと入ってみる。

朝一からお客さんはまばらで、店内は閑散としている。

そんな中驚くような光景があった。

スキップ機の花満開のへそ釘が大きく開けてある。

イベント札が刺さり、

「ダイナマイトマンデー」

と記してある。

何台かステージの癖を見極めながら最終的に千円27回の台にたどり着いた。

店のルールもわからぬまま打ったけれども、

最後に交換した時に30個交換だと知る。

はっきり言って、こんな台を打ったのは夢のようだった。

スキップ機は他の機種よりもかなり甘くなり、

回転率が上がれば上がるほど、時間効率も良くなるので、

当時の30個交換と言えば高換金。

こんな台は今まで年に1度の大サービスでしか打った事がなかった。

その日の夜に親父のパソコンを使って、メール会員に登録した。

当時パソコンを持っていなかったし、

PHSのネット機能も使いこなせていなかった。

翌日は新装開店初日、迷わずこの店に行ってみると、

新台の釘は開けてなかったが、メールに、

「必殺仕事人開けます」

と書いてあり、誰もいない必殺仕事人の釘はパックリ開けてあって、

千円25回くらい回った記憶がある。

その後も車が使える日は毎日このホールにやってきた。

ところが打てる台はなく、ばらまいて帰る日が多くなる。

だが月曜日だけは鉄板だった。

ダイナマイトマンデーの威力は凄くて、

千円40回のイエローキャブとか、千円30回のドラゴンモンキー(スキップ機)、

などを打たせてくれて、月曜日が来るのが待ち遠しかった。

ただ月曜日は毎回へそを開けるけれども、勝てない日もあった。

ゲージが悪い機種の日。

単純にへそ釘を横広げするので、元ゲージが悪いと千円20回くらいの時もある。

当日のメールでゲージが悪い機種が発表されると行かないとか、

徐々に知恵をつけていき、この店で味をしめて、

インターネットでひたすらイベントの店を探しては、

見てまわり、1週間を埋めていく作業にとりかかった。

この店ほどサービスしている店には出会わなかったが、

思えばこの時初めて明確に立ち回りの構築を始めたのかもしれない。

それ以前にもイベント目当てなんてのは結構あったけれども、

大きく先を見据えてはやっていなかった。

今は低貸し玉メインで行くことがなくなったが、

この店に育ててもらった恩はずっと忘れないと思う。

ウルトラマンデーもこの店だったしね^^


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2009年09月08日

一気に低迷へ

出入り禁止になって、行く場所が減った私は、

まだ全然勝てる能力がなかったせいもあり低迷に陥った。

いつもはこの2軒のどちらかに行けばある程度目処がついた隣同士の店で、

1軒しか見れなくなるのは時間的なロスも考えたら大きかった。

順調に勝てなくなる→生活が乱れる

こういった悪循環も生じていたが、パチ屋に行くのは楽しかった。

かなり都会に住んでいたので、田舎方面へテリトリーを広げていく。

そしてある日2.5円の優良店にたどり着いた。

釘は比較的甘めで玉も出ている、2万円ちょっとくらいなら毎日打てそうだ。

当時の私にはそれで充分であり、

「ここに住ませてもらおう」

こういった気持ちでここに通うことにする。

ベティーブープという機種が止め打ち効果も抜群で、

華王という機種は右打ち攻略ができた。

しかしまたひたすら当たらない。

毎日吐き気がするほど当たらない日々を過ごし、

色んな疑念を抱くようになっていった。

毎日のように4万円以上の投資を強いられて、

回収することができずに撤退せざるを得ない。

そんな中平和のスキップ機が登場した。

センサーに触れると、演出をスキップできて時間効率が飛躍的に上がるという、

本当は今の時代に欲しいくらいの機能。

これによって打てる台のラインも下がるし、下げなければ日当も飛躍的にアップする。

大喜びで飛びついたものの、当時の私には逆効果だった。

演出がスキップするということは、負けられる金額も飛躍的にアップするのだ。

4万円だった投資が7万円になったりして、壊滅的な敗戦を繰り返す。

たまに転がり込んでくる勝ちでまたこのホールに向かう。

3ヶ月ほど他のホールとの併用もあったが、この店に住んできて、

このホールでの収支はマイナス・・・。

金銭的にも精神的にもボロボロでこのホールを選択肢から外すことにする。

とは言っても、足は勝手にこのホールに向いてしまった日もあった。

回る台が常にある店は、中々見切れない・・・。

そしてやはり結果は出なかった。

今思えば、それだけ実力が無かったのだと思う。

もっといい店を探す能力があれば、1軒に執着する必要もなく、

結果が出る環境に必然と足が向いただろう。

勝てなければ何があろうとも、自分の実力の無さ。

これもいい経験のひとつなんだと思う。


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2009年09月06日

初めての・・・

昔話を書いておりますが、今月はかなりやばそうな予感^^;

GAROを打っていますが全然当たらんwww

まあ昔話が終わったら、死亡日記をたくさんストックしてあるので、

楽しみにしていてください(笑)

それでは、昔話の続きになります♪


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そしてまた日常に戻り稼動を始めた私は相変わらずアクアポリスを攻めていた。

そしてやはり甘さで玉は出てきてくれていた。

ある日の朝常連さんが、

「店長が毎日赤字だって大騒ぎしてたよ」

と言い出した。

実はアクアポリスの甘さは、普通に打っているおじさん達にも、

明確な出玉として伝わっていて、

サラリーマン風のおじいさんまでが、1000回はまっても、

歯を食いしばって粘っていたり、この島に通いつめている人はは何人かいた。

この常連さんも、最初はいい思いをしていた感じだったが、

最近は勝ててない感じだった。

そんなことも気にせずに私はこの日も夜まで粘っていくことにする。

序盤さえない展開も、夜になるときっちり日当は確保させてくれそうだったのだが、

ふと振り返ると店長が腕組みをしてこちらを見ている。

ハンドルを静かに戻して、右打ちを止めると、たががはずれたのように怒り出した。

「そうか!右打ちに攻略があったんだな!」

そう言うとカメラを取り出して、打っている姿をパシャパシャと撮りだす。

あまりにも異様な光景だった。

嫌気が差して玉を流すと、表に出るようにアゴで自動ドアの方を指す。

表に出ると、

「俺が堅気に見えるか?」

などと脅迫まがいのことを言い出す始末。

「右打ちしたからと言って、そんなに回転率が上がるわけじゃない」

「機械が甘すぎるだけですよ、隣の店に置いてあるのと比べてくださいよ」

一生懸命説明しても、完全に攻略法を使っていると思っている。

「常連さんから攻略法使っているんじゃないかって聞いたんだ」

「お前何かやってるだろ」

間違いない、朝話をした常連さんのことだ。

「いや何もやってないです」

「本当に機械が甘すぎるだけです」

何度も説明したが、店が調整ミスしているなんてことは、

この状況ではとても言い出せなかった。

そして何もやってないことをひたすら訴え続けて、ようやく押し問答は終わった。

最後に、

「もううちには来るなよ」

と一言言われて・・・。

初めての出入り禁止は、貴重な保険の現金機が置いてある店だったのでショックだった。

この時初めて、お店と仲良くやっていくための気遣いが出来ていないことに気づいた。

玉が出れば嬉しくて毎日通ってしまうのはパチンコ生活者も、一般の人も一緒。

ただ遠慮も当然必要になってくるし、常連さんに嫉妬されない為にも、

策を講じていないと、今回みたいに常連さんから店に不満がぶつかってしまう。


実は前回の日記で出てきた、私に教えてくれた先生がね、

「出入り禁止って本当に嫌なものだよ」

なんて忠告してくれていたのだが、

当時全く怖いもの知らずで、パチンコを打っていた私にとっては、

話が右から左に流れていた。

初めての出禁は本当に嫌なものだった・・・。


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2009年09月04日

お調子者期

最初の1月目は酷い結果に終わったものの、

2ヶ月目からは順調に結果がついてき始めた。

少しずつ住んでいる土地の傾向を理解し始めたのもある。

ウインズ(場外馬券場)のそばに住んでいた為、

土日はまず勝負にならず、そこで大きく締めたぶんを月曜日に大盤振る舞い、

そんな土地柄だった。

しばらくは等価の調整ミスを狙ったり、

現金機で堅く勝ったりしながら、日々を過ごしていく。

順調とも言える日々だったかもしれない。

そんな中お調子者の私は、雑誌の対談に応募して、

とある有名な先生とお話しする機会を得た。

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ちょうどその雑誌の対談の前に私は破竹の連勝を始める。

転機になる機種が出たのだ。

Eアドベンチャー2inアクアポリスS

1/327 フル時短100 出玉2100個

というスペックだったのだが、当時打っていた人はわかるだろうが、

フル時短は1/350と相場が決まっていたのでトータル確率が1/130程度だった。

ところがこの機種は、1/120.6。

あまりにも激甘で、導入している店が希少だった。

この機種が現金機で使っていた店に導入され、

しかも釘が開け閉めされていて、右打ちすると回転率が上がる利点もあった。

この機種の千円22回~26回の台を連日打ち、バブル的に勝利する。

そしてパチンコ生活を始めて初めてのミリオンを達成して対談に臨むことになった。

今考えると「何調子に乗ってたんだろ俺?」みたいなひよっこだった。

そして調子に乗って数多くの失礼な発言もあったかもしれない。

そんな中長時間お話をさせていただき、本当に参考になった。

その時にたしなめられた言葉が私の根本を支えている部分もある。

大先生「人と比べてモチベーションを上げるよりも、自分の足元を見なさい」

その時の言葉は忘れてしまったが、意味合い的にはこんなこと。

人間競争意識が強くて、どうしても人と何かを比べてしまう。

パチンコ屋みたいな鉄火場では特に顕著に出てくるだろう。

「あいつは上手い、こいつは下手」

みたいな部分が特に表に出てくる部分だと思う。

そんなことを気にせずに自分を磨いていくことに集中していれば、

もっともっと、結果が出やすくなる。

この言葉を聞いてから、私なりにできるだけ競争意識はセーブした。

いや人間ができていないから、セーブしきれないながらも、

時折この言葉を思い出して、

「自分と戦え!」

とぶつぶつとつぶやいていたのだと思う。

人には何か支えになっていないといけないものがあるけれども、

この「克己の精神」は今でも時々思い出すようにしている。

人に差をつけないと勝てないという矛盾が発生する中、

へたっぴながらも今まで生き抜けてこれた礎になっているのかもしれない。


次回「初めての○○○」

チューじゃないよ^^;


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2009年09月02日

洗礼

最近稼動報告をしていないのですが、

稼動のメインはGAROになってます^^;

やっぱり攻略要素と、あの面白さが備わっていると、

ホールに入ると真っ先にチェックしてしまいますね。

反対に地中海は復帰してから一度も打っていないです。

海を打っていないというのは、ここ数年では考えられない気もしますが、

今までの海よりも使い辛いと言うのが本音で、

ちょっとした調整ミスで回るなんてのも、あまりないし、

今後は世話になることも少ないのかな?と思っています。

年末の海に期待!

ということで昔話の続きに参りましょうか。

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会社を辞めて朝起きて行く場所がパチンコ屋になるという違和感は起きてから感じた。

何か呪縛から解き放たれたような気分になっている。

パチンコ生活を始めた初日は勝利できた、いくら勝ったかすら覚えていないが、

「幸先の良いスタートが切れた!」

こう換金所の前で思ったのを覚えている。

ところが順調に勝ち続けることはできなかった。

ちょうど内規が変わった時期で、

まず期待していた等価で出玉が多く取れる店のイベントが、

千円25回だったのが、千円20回程度まで落とされた、

なので店探しに奔走する。

そこで追いかけるのにうってつけの機種を見つける。

CRピンクレディーのステージが甘かった。

3円27回千円の台をひたすら追いかけて、大炎上した。

一日の大当たり回数が6回、7回、6回、4日目に3万円入れたところで打つのを止めた記憶がある。

あまりにも当たらないのでフル稼働の渋釘の店に見に行ったところ、

1日稼動していればほとんどの台が10回以上の大当たりは得ていた。

3日連続で店のトップ引き弱を記録したといっても過言ではない。

その後もピンクレディーには酷い目に遭わされること多数・・・。

結果が出だしたのは、このロングヒットの機種がホールから姿を消し始める頃だった。

矛先を2.5円のFウォンテッドに切り替えて、

朝一先着5名2000発サービス込みで追った。

客なんかいなかったし、朝早くにすぐ当たって大きな持ち玉スタートを3日続けた。

2.5円で25回千円だったが、恐ろしく玉が増える台だったので、充分に期待値はあった。

しかしこれも3日連続で持ち玉崩壊した。

そして1ヶ月後に収支が出る。

手にしたのはわずかに4万円ほどだった。

大赤字のパチンコ生活の始まりに焦りは隠せずにいた。

今思うと未熟な部分がたくさんあって、それも影響していただろうが、

ここに至るまでサラリーマンをしながらでもこんな酷いことはなかったので、

いきなりの洗礼を受けたのだった。


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2009年09月01日

さよならパチンコ業界

8月は9日~20日まで稼動をお休みしました。

稼働時間は110時間ほどで、稼ぎもいつもの半分と、

一応精神的には安心していられるくらいになってほっとしております。

稼働時間が減ったにしても、シゲレさんに楽しい夏休みをプロデゥースしてもらって、

ここ数年で一番の夏が過ごせたと思います。

毎年パチンコ屋さんの中にいたので、太陽の光をこれだけ浴びた夏も、

5年以上ぶりでしょうか?

さて今月で四捨五入が通用しなくなってしまいますが^^;

まだまだ稼動内容は若いつもりで頑張っていこうと思っていますので、

今後ともよろしくお願いいたしますm(_)m

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さてさて昔話の続き。

社内の雰囲気は最悪だった。

支店長の独裁で常にその動向に怯え、

言うことを聞かないと、ばっさり切り捨てられる状況だった。

あまりの雰囲気の悪さとできていない会社のシステムに、

新人は1人やめ、2人やめ、3人やめ、

同時に別の支店でも入った2人はすぐにいなくなった。

7人いたはずの同期は私ともう1人の業界経験者を残すのみとなった。

そんな中パチンコ業界の大きなイベントが開催されることになる。

そこに前回の日記で出てきた、社運をかけた機種「ペンペン」が投入されることになった。

しかしこれは試作品で全くホールの営業には役に立たない。

しかし本社の決定は「それも売り出す」になったのだ。

もちろんみんな「売りたくない」と言うのが本音だ。

しかしそのイベントの前夜、支店長が決定を下す。

「今日中にペンペンの案件を取っておけ明日になると正体がばれる」

営業マンは知っている全てのホールに電話をかけまくった。

「明日のイベントに出るペンペンが完売寸前です、是非押さえてください!」

そしてペンペンは予定台数完売となる。

翌日のイベントでペンペンは隅の方に置かれ、できるだけ人の目に付かないように置かれた。

ただ昔ペンペンと同じ種類の機種でいい思いをしたホールにとっては、

喉から手が出るほど欲しい機種で、それだけで買うホールもあったのだ。

私も電話営業で数件の案件を取ることができていたが、

新人でも簡単に電話営業で案件が取れるほど楽な営業だったが、

こんな騙しの営業は正直二度としたくはなかった。

そんな中もう1人の同期が私に誘い水をかけてくる。

「もうヒカル君もこんな会社辞めた方がいいよ」

こいつが信用できない奴だと言うのは百も承知している。

多分同期の中でただ1人残った人間になりたいのだろう。

実際に私が辞めた後に、そう自慢していたらしい。

ただこの頃になると私も揺れていた。

会社自体どうしようも無い状況なのもあったのだが、

この頃にはパチンコで不自由なく勝てるようになっていたのだ。

そして若さゆえにパチプロに憧れていた・・・。

そういった要素が重なって私は辞表を提出することにする。

事務の女の子に、

「明日から仕事大丈夫?」

と聞かれても、

「大丈夫!」

と自信満々に答えた記憶がある。

会社に入ったときに、

「無借金経営で帝国データバンクの点数もすこぶる良好」

そんな優良企業に就職したのを周囲から祝福されたのもその頃には忘れていた。

今考えると本当に考えが浅はかだったと思う。

もう少し人脈作りだの、大事なことを済ませてからでも遅くなかったかもしれないが・・・。


当時自宅の近所にあるパチンコ店が、日替わりイベントで毎日3万クラスの台を用意していて、

馬鹿だから「毎日それが打てれば、どんなに楽しい日々が送れるだろう♪」

なんて妄想もしていたし、頭の中をバラ色に染めてのパチンコ生活が始まることになる。

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2009年08月29日

営業編②トラブル

約一名昔話が稼動日記よりも面白いと言ってくれる人がいたので、

もう数日昔話を続行してみます。

稼動も数日しておりますが、後でまとめて更新しようと思います。

それではもうしばらくお付き合いくださいませ^^
                                                                                  

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さてさて最初の1機種目に関して、自分で売ったのは1軒のみ。

その後他の営業所からの紹介でもう1軒売らしてもらい、

担当ホールは2軒になってスタートした。

業界に入ってびっくりしたのは、機械を売った後の、

上司の大騒ぎっぷりだった。

売れたホールの名前を引っ張り出して、全て接待したことにする。

毎日会社の金庫からお金を引っ張り出して、

高級クラブに飲みに行っている様は、お金が無い業界にいた私にとって、

カルチャーショックだった。

もちろん私が売った店の名前も使われて、

「何だかなぁ・・・」

と言う気分にさせられた。

それだけこの時期のこの業界は儲かっていたと言うことになるのだろう。

そんなこんなで次の機種の販売が決まった。

「CRオリジナルパオーン(仮名)」

オリジナルキャラの液晶パチンコで、

とてもホールさんに紹介するのも恥ずかしいような機種だった。

全国で2000台限定。

ところがこの機種はあっと言う間に完売となった。

この機種の販売戦略は、

「抱き合わせ」

であった。

この機種が出る前に特殊な機種が検定を通過していて、

その特殊な機種は全然使えないのだが、それが通過したことに意義があり、

この後私のいるメーカーが権威復活をかけたと言っても過言ではないくらいの、

インパクトがあり、その試作品をありとあらゆるホールに、

「御社だけに特別に見せるので内緒にしておいてくださいね」

と都内のショールームで見せて、その前の機種の購買意欲を誘った。

もちろん新人にも抱き合わせ営業をするように指示が出る。

ところが新人で誰一人、「オリジナルパオーン」を売ったものはいなかった。

ろくに信用も無い段階で、

「これを買っておかないと、次の機種トップ納品できません」

なんてことを言うと、逆に信用を失墜させる。

私はあえて、前回買ってくれたお店には勧めなかった。

まあそれでもこの機種を大量に売ってきた先輩もいた。

その人のポリシーは、

「どんな糞台でもその機種のいいところを探して大好きになって売る!」

と言うものがあり、ホールさんから、

「次の機種どうだい?」

と聞かれると。

「めちゃめちゃいいです♪即決して下さい」

と何のためらいもなく言い放つ。

私の直属の上司だったので、その人が売った、

「パーラーうの」

にパオーンの釘を叩きに行った時のこと。

てっきり私は抱き合わせで買わせて、

ホールさんもこの機種に期待していないという先入観で入ってしまった。

この店は新装前日に事務所で叩かせてくれた。

店員さんがそこに休憩で数人入ってきたので、

店長さんにこの機種の魅力を説明してくれと言われて、

思わず詰まってしまった・・・。

「これはまあ普通のデジパチなんで、次に期待してもらえれば・・・^^;」

と正直に話をすると、

「あれ?担当のIさんは、めちゃめちゃ面白いって言ったんだけれども??」

と店長に言われて、思わず赤面。

実はこの機種大きな欠陥があって、再抽選の途中に一度確変絵柄が出て、

単発に戻ってしまうという、他の機種では考えられない演出があった。

それも正直に洗いざらい話すと、

店員さんから大ブーイングが起きた。

「また遠隔だの何だの言われるよ」

当時から他のメーカーの機種も一度確変絵柄が出たら昇格確定だったので、

それだけで店員さんが何度も呼び出される事態が想定できた。

ただ後からそれを言っても、もっと問題になるので、

先に言わざるを得なかったが、赤っ恥をかいてその店を出た覚えがある。

そして更にCRパオーンで問題が起きた。

月曜日の午前中、火曜日OPENの店の釘を午前中に叩きに行き、

帰ってきてから、初日の様子を「パーラーうの」に電話で聞いてみると、

どうにも様子がおかしい。

「今スタート何回くらいになっていますか?」

この店は等価でスタート5.6回10割(店と客がトントンになるくらい)に指定されていた。

「スタートは7回から7.5まで回っていますね」

大手チェーンだけに怒っている様子も無かったが、

大事故が起きたくらいに調整できていない。

その店だけではなかった、初日の店のスタートも割も全ての店で大荒れになった。

そして火曜日OPENの店も大荒れになった。

埼玉の2.5円の店でスタート8.5回、80割(お客さんの使った玉の8倍)出てしまったをかわぎりに、

等価でスタート7回、20割(同2倍)出てしまい、茶菓子を持ってお詫びに向かった。

2.5円の店は強いし元々甘い指定だったので笑っていた。

「あの台回るねぇ、ははは^^」

等価の店は店が弱いこともあり5台の導入でも大激怒した。

「ふざけんじゃねぇ!!お前なんかに割を任せた俺がバカだった」

何度謝罪しても結局許してもらえずに終わってしまった。

原因は本社からのゲージ表のミスだった。

ワープが甘く設定されていて、ステージが甘かった。

納品した時に、忙しさから試し打ちをしなかったのだが、

何でも鵜呑みにするよりも、自分できっちり確かめる必要性を痛感させられることになった。


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2009年08月28日

営業編

入社したての時は、機械を即売ることはなかった。

売り出している機種はあったけれども、

あまりにもつまらない&全く似たような前作が攻略されていて、

それをホールに買えと言う方がおかしな話で、

全国でも300台くらいしか売れなかったと思う。

その前に発表した機種は大ゴケしているし、

更にその前に発表した機種には悪いものが入っていて、

ホールさんに大迷惑をかけてしまっていて、

メーカー自体の信用は失墜しまくっていた。

そんな中ホール名鑑を渡されて、電話営業から始まった。

地域を割り当てられて、付き合いのないホールに営業をかけ、

「一度ご挨拶にお伺いさせていただけませんか?」

こういった内容で、どんどん電話していくことになる。

しかしこれも難儀な作業だった。

実はもう勢力図みたいなものが出来上がっているのだ。

台を販売するのは、メーカーだけではなく「販社」もあった。

メーカーからの販売を「直販」販社からの販売を「業販」と呼び、

どこのホールも仲のいい業者を抱えている。

面倒見がメーカーの比ではないのだ。

台だけでなく、ホール周辺機器なども販売して、

「何でも屋をやる代わりに、機械を買って?」

みたいな感じで釘調整のお手伝いをしたり、情報収集をしたり、

メーカー以上に接待をしたりで、友達付き合いを形成していく。

なので、新入りのメーカーマンが営業しても、

「うちはこことお付き合いしてるから」

みたいな感じで簡単に断られてしまう。

その上その時点でのメーカーの評価が最悪とくれば、

電話越しに説教だけ喰らって終わり、みたいなことが当たり前だった。

そうなるとメーカーの人間は、ただひたすら弱い立場なのか?

実はそうでもない要素もあって、

「ヒット機種がいつ出るかわからない。」

こういう強みがあり、もちろんヒット機種が出れば直販優先。

あまりにもむげに扱っていると、いざと言う時に機械が入ってこない恐れがある。

だからそれなりの対応をしてくれる店も結構あったのだ。

アポイントを取れたら、出向いてご挨拶。

アポイントが取れなかったら、沿線の地域の電車に乗って飛び込み。

こんなことを繰り返しながら、初めて販売する機種を迎えることになる。

この時はちょっとしたメーカーの販売自粛期間があり、

有名メーカー一斉販売みたいな厳しい状況になった。

2ヶ月前に自社で販売される台を見た時は、

「これなら売れそうだ」

と思うような、私のいる零細メーカーにしてはかなり出来のいい機種に見えたが、

他メーカーの出す機種を見て意気消沈した。

特に京楽の新台は斬新で飛びぬけていたのだから、

ホールが3機種買うにしても、1機種は埋まったようなもので、

どうやって隙間に入れてもらえるかが焦点になったのだが、

長い付き合いのあるホールや大手を任されていない新人は皆苦戦した。

売ったものも、たまたま営業所内で電話を受けてラッキーで売れたとか、

そんな感じで、坊主状態で納品日が近くなってくる。

全く売れないで頭を抱えていた私はひたすら歩き回って営業したが、

手応えがあるホールは1軒もなく、ついに納品日を迎える。

新人がみんなほぼ坊主だったので、安心していたところはあったけれども、

やっぱり歩き回ったからには売りたかった・・・。

そう思った納品から3日目。

一度挨拶に行ったホールから電話がかかってくる。

「パーラービックゴリラのSだけれども、うち8台ね」

たまたま支店に戻る途中に電話を受けたのだからダッシュで支店に戻る。

「売れました!」

大はしゃぎで報告すると、みんなに祝福を受けた覚えがある。

こうやって営業の第一歩が始まることとなった。

昔話を書き始めて何だか稼動日記を書くタイミングを逸しているような^^;

次は一旦稼動日記に戻りますm(_)m

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2009年08月27日

パチンコ業界へ1

すみません、ちょっと不規則な生活になっているようです^^;

稼動報告にしようと思いましたが、

中途半端なので、もう少し昔話を継続していきますね。


頑張りますので応援よろしくお願いします♪


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昔話の続き

サラリーマン生活を3年続けた後、

勤務している旅行会社から転職することを考え始める。

会社帰りに「とらばーゆ」を読みながら旅行会社中心に転職先を探していた。

今いる旅行会社は零細で、社長が社員の目を気にせずに、

課長と資金繰りの話をしているのは、まだまだ新米の私にも、

経営の危うさを感じさせられていたため、

もっと条件のいい会社に転職しようというのは自然な流れだった。

帰りの地下鉄の中で毎日色んな会社の募集を読み漁るが、

旅行会社はあまりにも待遇が悪く、

ちょっと視野を広げて営業職全般を見てみることにする。

すると数社のパチンコメーカーが募集をしていた。

「これだ!」

学校まで行かせてもらって、資格を取ったのでそれを生かそうとする気持ちで、

視野が狭くなっていた。

パチンコ依存症の私が自分の好きなことで生きる道は、

パチンコ業界しか考えられなかった。

ただ2社は条件面で受けることができず、1社だけの勝負になる。

絶対に合格するつもりで履歴書と、業務経歴書を書上げ、面接に挑んだ。

面接はスムーズに進み、手ごたえ抜群だった。

ところが1次面接で合格のはずが、突如2次面接を言い渡される。

1次面接で合格発表を聞いた後、旅行会社には辞表を提出していた。

「2次面接はほぼ合格するから」

と言われたが、内心はかなり焦っていた。

2次面接もなぜか饒舌に会話ができ、無事合格することになった。

後で聞くとこの2次面接に進んだ7人中3人落ちたらしい。

面接の不手際で、人の人生を左右するようなミスがあるとは・・・。

晴れてパチンコメーカーに就職できた私は、

まずひたすら雑用、電話の応対などから始まり、

勤務時間が終わった後に、新人合同で釘の練習をすることになる。

手が不器用な私は最初は一番下手糞だった。

ただ一番釘に対して興味があったことで、最後には一番早く上達していた。

好きこそ物の上手とはよく言ったもので、

やはり不器用を通り越して、関心のあることは上達していくらしい。

他の同期は、あまり釘には関心がなかったのもある。

ようやく釘が叩けるようになって納品する時、

実際に釘を叩く場所は、灼熱の倉庫の中だった。

ホールで椅子に座って叩くイメージとはかけ離れた場所、

椅子なんてなくて真夏に冷房も無い汗が吹き出る場所。

その中でひたすらゲージ表を見て、地道に作業していく。

メーカーの工場から送られてきた台の釘は、全然垂直に刺さっていない。

それをひたすら真っ直ぐに直して、お店から指示されたスタート、出玉に合わせて、

納品時に微調整で済むようにコツコツと叩いていった。

例えば10台納品の店が10軒あったとする。

1台6分でこなしたとしても、1軒ぶんで1時間。

盤面にある全ての釘を垂直にして、おまけ穴を全部潰して、

サイズを計る場所は全部丁寧に計測していく。

ベテランの先輩方でも困難な作業を新人が素早くこなせるわけも無く、

早朝から深夜まで、体力勝負の肉体労働。

まさか釘調整がここまで過酷だとは思わなかった。

倉庫での調整が終わると、今度は納品になる。

倉庫で調整していても、ホールでは寝かせがついたりして、微調整が必要になる。

お店の方が閉店作業をした後にホールに出向き、

1時くらいから3軒くらいの店を回って釘調整をすることになる。

終了した頃には夜が明けていて、ここから数時間仮眠。

翌朝新装開店営業が始まったら、今度は調整した店の立会いに行かなければならなかった。

トラブルは発生していないか?

スタートはきっちり合っているか?

客付きはどうだろうか?

初日の動きは甘く出ているか?、辛く出ているか?

当時は開店日もまちまちだったため、新装ウィークは地獄だった。

睡眠時間は3時間あるかないかで金曜日まで過ごして、

土日になると泥のように眠るのだった。

頑張りますので応援よろしくお願いします♪

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