人気サッカー選手

リバプール黄金期突入か?名将クロップを知ろう

投稿日:

ブックメーカー(スポーツに賭ける)を紹介するサイトと共にサッカー情報も提供させていただいております。

プレミアリーグも開幕からしばらく経ち、いろいろなチームが盛り上がりを見せていますね。

そんな中破竹の勢いを見せるのがリバプールです。なんと開幕から8連勝。9戦目にして連勝記録がストップしたものの結果は引き分けですし、2位マンチェスター・シティとの勝ち点差は6、首位を独走しています。

リバプールと言うと1970年代から1980年代に黄金期と言われたチームですが、昨シーズン、チャンピオンズリーグ制覇という実績を考えても、また黄金期に突入しつつあると言えるかもしれません。

そんなリバプールを支えているのが、ユルゲン・クロップ監督と言われているんですよ。いったいどんな人物なんでしょうか。

 

ユルゲン・クロップが進めた進化

201510月にリバプール監督として就任したユルゲン・クロップ、以降チームのあらゆる面を進化させることに尽力してきました。

それは戦力に戦術だけではなく、メンタリティーや陣容、すべてに至り、ピッチ上での結果へとつなげてきたのです。

その結果、リバプールは2シーズン連続チャンピオンズリーグ決勝進出、昨シーズンはとうとうチャンピオンズリーグ制覇に至りました。そして今シーズンは8連勝から始まり、プレミアリーグ初制覇を目指しています。

ユルゲン・クロップの就任はシーズン開始から2か月後となんとも中途半端な時期でした。そして就任時、ユルゲン・クロップが目指すチームの完成まで4年かかると宣言したのです。つまりチャンピオンズリーグ優勝は通過点でしかなく、長い目で見てリバプールを完成させるということなんですね。

“ヘビーメタル・フットボール”。これはユルゲン・クロップが打ち出したキャッチフレーズです。

攻撃と守備寮局面でインテンシティーを高い状態に保ち、ボールを失ったとしてもすぐに奪い取ってゴールする姿勢を指します。今はあまり聞かない言葉となりましたが、インテンシティー、アクレッシブネスの2つは変わることはありません。

 

クロップは外さない

ユルゲン・クロップのすごさを語る上で外せないのが、大きく外さないことでしょう。

というのもユルゲン・クロップは年単位でクラブを変えていくプランを実践しています。これは非常に計画的で、ほかの監督と違い、中期的にクラブを強化していくための選手獲得をしています。

2016年夏にはサディオ・マネ、ジョルニジオ・ワイナルダム、ジョエル・マティブらを獲得、既存選手のクオリティを高めながら、フィジカル能力にたけた選手を獲得定期、センターラインの強化に努めました。

2017年にはモハメド・サラーを獲得することでスピードプラス爆発的なカウンター力をゲット、より攻撃的なゲームメイクをすることも可能となったのです。

さらに2018年夏、アリソンをゴールキーパーに食わることで弱点を克服、理想的な陣容を作り上げてきました。ですから2018年の勝ち点97というのはこうした積み重ねによって達成された結果と言えるのです。

さらに今シーズンは主力を入れ替えることはなく、より完成したチーム作りへと道を進めています。このチーム補強に大きな外れはないと言えるでしょう。

 

ユルゲン・クロップとは

ところでユルゲン・クロップとはどのような人物なんでしょうか。もちろん海外サッカーに詳しい方ならだれもが知る方ですよね。

フォワードとディフェンダーで活躍した現役時代を送った後、ブンデスリーガの監督を務め、ドルトムントのリーグ連覇を達成したことでも知られています。

SVグラッテンとTuSエルゲンツィンゲンでユース時代を送った後、トップチームへ昇格、1FCプフォルツハイムやアイントラハト・フランクフルト、ヴィクトリア・ジンドリンゲン、ロート=ヴァイス・フランクフルトにマインツで現役時代を過ごしたユルゲン・クロップ、2001年からマインツの監督に就任します。

答辞のマインツは小規模と言われていましたが、ユルゲン・クロップは2004年にブンデスリーガ1部昇格に貢献、2004-2005シーズンは1部リーグ残留を実現しました。

2008-2009シーズンにボルシア・ドルトムントを低迷期から救うべく監督に就任すると、後半戦から伸びを見せ、ネルソン・アエド・バルデスを復活させる、ネヴェン・スポティッチをブレイクさせるなど一気にチームを底から押し上げます。

2009-2010シーズンからは若手選手をどんどん活躍させ、2010-2011シーズンには夏に香川真司を迎えました。前半戦を2位で折り返したドルトムントは後半戦でも勢いを増し、リーグ優勝という栄冠を手に入れたのです。

実に8年ぶりとなったリーグ優勝でしたが、翌シーズンは新記録となるリーグ戦28試合連続無敗を達成、勝ち点も81とし、リーグ2連覇を果たしました。

さらに翌シーズン、チャンピオンズリーグ決勝に進出、ユルゲン・クロップ自身もFIFAバロンドール最優秀監督賞候補に挙がり、2位となりました。

2014-2015シーズンは序盤大苦戦、最下位で前半を折り返す結果となりました。そして20145月に退任が決まったのです。

しかしユルゲン・クロップを放っておくチームはありません。201510月にリバプールの監督に就任するとフットボールリーグカップ、UEFAヨーロッパリーグで決勝進出を果たして見せます。

すると翌シーズン、UEFAチャンピオンズリーグの出場権を獲得、さらに2017-2018シーズンには準優勝を果たします。

20195月には奇跡の大逆転と呼ばれる試合でUEFAチャンピオンズリーグ決勝出場を決めると、14年ぶりにリバプールがチャンピオンズリーグ優勝を果たしたのです。

カウンター戦術の一つであるゲーゲンプレスの考案者として知られ、2010年ころからドルトムントで機能し始めるとブンデスリーガ連覇を達成、チャンピオンズリーグでは格上のレアル・マドリードなどを撃破する快進撃を見せました。

 

リバプールを知ろう

再び黄金期を迎えようとしているリバプールについてもみてみましょう。

リバプールはイングランドのリバプールにホームを置くプロサッカーリーグ所属のサッカークラブで、ファンからはレッズの愛称で親しまれています。

1892年に創立されたリバプールはプレミアリーグが発足した当初から存在するクラブの一つです。

1960年代半ば~1980年代半ばにはフットボールリーグ優勝13回を飾り、その中には3連覇も含まれています。さらにUEFAチャンピオンズカップ優勝を6回獲得しており、実にタイトルだけで40以上獲得しました。この頃を黄金期と呼び、ヨーロッパの舞台で大活躍した時期です。

2005年にインスタンブールの奇跡を起こしUEFAチャンピオンズリーグ制覇、イングランド唯一のビッグ・イヤー永久保持が認められます。

現在はマンチェスター・ユナイテッドに告ぐ2位のフットボールリーグ優勝回数を保持していますが、2010-2011シーズンで抜かれるまではリバプールが最多優勝回数を保持していました。

始まった頃こそそこまで結果を残していなかったリバプールですが、1959年にビル・シャンクリーが監督になるとリバプールの改革に乗り出します。若手選手をデビューさせるとプートルームの回収を行い、就任2年目にさらに選手を強化し、就任3年目で2部リーグを制覇しました。

1962-1963シーズンにはいると13戦無敗などを記録し、リーグ8いでおえます。さらに翌シーズンもチーム強化に乗り出し、翌シーズンの10月ころには成績が安定、リーグ優勝を果たしたのです。

ヨーロピアンカップでは準決勝で敗れたものの、FAカップではクラブ史上初の優勝を果たし、さらに1965-1966シーズンではUEFAカップウィナーズカップに出場、準優勝、国内リーグも果たしました。

1974年、ボブ・ペイズリーが監督に就任するとさらにリバプールはヨーロッパを席巻、絶頂期を迎えます。しかしこの年は無冠となってしまいます。

ところが翌シーズン、国内リーグとUEFAカップの2冠達成、翌シーズンもリーグ連覇にUEFAチャンピオンズカップ制覇という偉業を成し遂げます。

1977-1978シーズンにはUEFAチャンピオンズカップ連覇、翌シーズンはリーグ優勝、さらに翌シーズンもUEFAチャンピオンズカップ制覇にリーグ優勝と2冠を達成、快進撃は止まりません。とうとう1983-1984シーズンにはリーグ戦とリーグカップ連覇を果たし、クラブ史上初のリーグ戦3連覇、リーグカップ4連覇を達成したのです。

 

2つの悲劇と復活

ところが1984-1985シーズン、リバプールはヘイゼルの悲劇をむかえます。これはUEFAチャンピオンズカップ決勝戦前に、サポーター同士が衝突し、39人が死亡、400人以上が負傷するという事件で、リバプールは6年間のUEFA主催国際試合への出場ができなくなります。

この事件がきっかけで監督交代が起こり、さらに1988-1989シーズンにヒルズボロの悲劇が起きてしまいます。

これはFAカップ準決勝戦で起こった事故で、ゴール裏の立見席にキャパオーバーの観客が押し寄せ、96人が死亡、766人が重軽傷を負った、イギリスのスポーツ史上最悪の事故と言われています。

2度の悲劇に見舞われたリバプール、勢いを一気に失ってしまいます。1990年代には低迷しはじめ、処分が解けても国際タイトルから遠ざかってしまい、リーグ優勝もできなくなってしまったのです。

それでも21世紀に入るとヘイゼルの悲劇は過去のものとなり、2000-2001シーズンにFAカップ、リーグカップ、UEFAカップの3冠を達成しています。

2004-2005シーズンにはラファエル・ベニテスが監督に就任し、ルイス・ガルシアらを獲得、チャンピオンズリーグ決勝トーナメント進出を決め、PK戦の末、欧州チャンピオンとなりました。そしてこの快進撃がイスタンブールの奇跡と呼ばれ、過去2回の悲劇を塗り替えることとなったのです。

この結果、UEFAチャンピオンズリーグ優勝回数が合計5回となり、優勝カップの永久保持が認められることとなりました。

2005年にFIFAクラブ世界選手権出場のために来日すると、多くの日本人サッカーファンの前で戦い、決勝戦では南米王者のサンパウロと激闘を繰り広げたのです。

2010年にクラブの売却が行われ、リバプールの行く末が不安視されましたが、2010-2011シーズンには12年ぶりのヨーロッパカップ戦出場権獲得、そして今シーズンは怒涛の快進撃が続いているのです。

 

-人気サッカー選手
-, , , , , , , ,

Copyright© ブックメーカーファンSP byブクメ , 2019 All Rights Reserved Powered by AFFINGER4.